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2.9 天気晴れる
やっと今日は天気が直った。源氏はこんなふうに宮中にばかりいることも左大臣家の人に気の毒になってそこへ行った。一糸の乱れも見えぬというような家であるから、こんなのがまじめということを第一の条件にしていた、昨夜の談話者たちには気に入るところだろうと源氏は思いながらも、今も初めどおりに行儀をくずさぬ、打ち解けぬ夫人であるのを物足らず思って、中納言の君、中務(なかつかさ)などという若いよい女房たちと冗談(じょうだん)を言いながら、暑さに部屋着だけになっている源氏を、その人たちは美しいと思い、こうした接触が得られる幸福を覚えていた。大臣も娘のいるほうへ出かけて来た。部屋着になっているのを知って、几帳(きちょう)を隔てた席について話そうとするのを、
「暑いのに」
と源氏が顔をしかめて見せると、女房たちは笑った。
「静かに」
と言って、脇息(きょうそく)に寄りかかった様子にも品のよさが見えた。
暗くなってきたころに、
「今夜は中神のお通り路(みち)になっておりまして、御所からすぐにここへ来てお寝(やす)みになってはよろしくございません」
という、源氏の家従たちのしらせがあった。
「そう、いつも中神は避けることになっているのだ。しかし二条の院も同じ方角だから、どこへ行ってよいかわからない。私はもう疲れていて寝てしまいたいのに」
そして源氏は寝室にはいった。
「このままになすってはよろしくございません」
また家従が言って来る。紀伊守(きいのかみ)で、家従の一人である男の家のことが上申される。
「中川辺でございますがこのごろ新築いたしまして、水などを庭へ引き込んでございまして、そこならばお涼しかろうと思います」
「それは非常によい。からだが大儀だから、車のままではいれる所にしたい」
と源氏は言っていた。隠れた恋人の家は幾つもあるはずであるが、久しぶりに帰ってきて、方角除(よ)けにほかの女の所へ行っては夫人に済まぬと思っているらしい。呼び出して泊まりに行くことを紀伊守に言うと、承知はして行ったが、同輩のいる所へ行って、
「父の伊予守――伊予は太守の国で、官名は介(すけ)になっているが事実上の長官である――の家のほうにこのごろ障(さわ)りがありまして、家族たちが私の家へ移って来ているのです。もとから狭い家なんですから失礼がないかと心配です」と迷惑げに言ったことがまた源氏の耳にはいると、
「そんなふうに人がたくさんいる家がうれしいのだよ、女の人の居所が遠いような所は夜がこわいよ。伊予守の家族のいる部屋の几帳(きちょう)の後ろでいいのだからね」
冗談(じょうだん)混じりにまたこう言わせたものである。
「よいお泊まり所になればよろしいが」
と言って、紀伊守は召使を家へ走らせた。源氏は微行(しのび)で移りたかったので、まもなく出かけるのに大臣へも告げず、親しい家従だけをつれて行った。
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